久しぶりに投稿します。星川です。 ブログを書くのは・・・昨年の東京マラソン以来なので約1年ぶりです。 最近、にわかに事務所がブログ熱を帯びてきたので、 私も重い腰を上げました。 せっかくなので、自分らしくということで、 今回は、私の自宅近辺の散歩のお話です。 新宿区若松町に越してきて1年が過ぎました。
昨日2月11日(祝)、久しぶりに何もしない休日を過ごしていましたが、 ふと散歩がしたくなり小雨の降る中、早稲田を目指して歩き出しました。 若松町から早稲田へと下る坂の一つに「夏目坂」があります。 文豪夏目漱石の父がかつてこの一体の名主であったことから、 この名前がついたそうです。 私の昨日の散歩のテーマ、それは「漱石を歩く」でした。 (新潮文庫『文豪ナビ』夏目漱石編を参考にしました。) 東西線早稲田駅を夏目坂方面に出ると、目の前に吉野家があります。 (たまに、深夜に立ち寄るお店です。) 実はここが、漱石生誕の地。漱石の生家は、今や牛丼屋に取って代わり、 記念碑は24時間オレンジの光に照らされています。 夏目坂を上がって行き、道なりに左へ。二つ目の分岐を過ぎたら、 さらに左折し、今度は坂を下ります。 下りきると、早稲田幼稚園、早稲田小学校にぶつかります。 モダンな校舎を右手に見ながら進み、交差点を右折し、直進。 しばらく歩くと、漱石公園が左手に。 現在は、整備されたきれいな公園が、漱石終焉の地。 漱石が数々の名作を執筆し、 晩年を過ごした漱石山房の跡地です。立派な漱石先生の銅像もあります。 ん~生誕の地から、終焉の地までだいたい徒歩8分。散歩終了!? 偉大なる文豪に想いを馳せながら歩こうとしていましたが、 あまりにもあっけなく終わってしまったので、さほどの感動もなく・・・ ということで、もう少し歩いてみようと思いました。 早稲田通りを進み、神楽坂へ。 いわずと知れた、人気のエリア神楽坂。 漱石の作品で神楽坂といえば、私は『それから』を思い浮かべます。 最高学府を卒業した代助は、定職につかず、実業家の父に金銭的に パラサイトしながら、インテリな思索の日々を送る。 代助は、かつて両想いだった恋人三千代を、友人の平岡に譲りはしたものの、ある日、三千代と再会したのを境に、三千代を好きになってしまい、結局は道を外れた愛を選択し、駆け落ちする。 日本の近代化に疑問を抱き、労働を軽蔑してきた代助も、 三千代との愛を選択したことにより実家から勘当され、 いよいよ世間に職を探しに歩き出す。 (『悩む力』の中で、姜先生は、「代助は・・・にわか作りの資本主義の中で、俗物が跋扈する様子を斜めに見ています。そんな世の中で汗して働くのは馬鹿らしいと思っています。ある種の正論ではあり、それも漱石が代助に言わせていることです。しかし、それでいて漱石は、その馬鹿らしい俗世間から離れて生きていくことは誰もできない、といっているのです。」とまとめています。(『悩む力』116頁)) 三千代さんが、夏のある日、神楽坂に買い物に出て、 帰りに代助の家による場面があります。突如降りだしたにわか雨を避けようと、小走りに坂を上る三千代さん。 雨に濡れたまま代助の前に出る三千代さんが官能的で美しいシーンです。 その坂は、地蔵坂といい、神楽坂の毘沙門様の並び、 和菓子の五十鈴の脇を入ったところにあります。 (「ルパン反省」というパブに苦笑い) 資本主義を注視し続けた漱石は、現代をどう考えるか。 労働の意味。 資本主義という大きな枠組みの中で、国家の徴税権と納税者の間で、 適正な納税義務の履行をお手伝いする自分の税理士という職業。 漱石と同じく、その枠組みの中で生きて行くほかないのかな・・・。 坂道を上りながら、実に深いところに迷いこんでしまったと ハッとしました。 文学散歩などとちょっとインテリな自己満足に酔おうと思っていただけなのに・・・。 帰って、神楽坂五十番の肉まんを温めよう。 ということで今回の散歩は終了です。







